淘汰される世界達
男は自分の背丈以上ある 大きなカマの刃先を、丁寧に布でふいていた。 もう長年も持っているのだろうか、 とこどころ刃先がこぼれ錆が付着してあまりに鈍い輝きを はなっているが、 それがまた「らしさ」を演出しているように見える。 「アカシ、それってコスプレ?」 隣にいた男は、 皮肉ったようにそう言う。 アカシと呼ばれた男は、 真っ黒の布を頭からかぶり、 ドクロの首飾りをして、 カマを大切そうに抱いている。 表情も暗く、長く黒い前髪は目の下まで伸びている。 「コスプレじゃない。制服だ」 「俺たち、死神。だもんねえ」 そう言って、男は何がおかしいのか、げらげらと笑う。 「お前もちょっとは雰囲気出せよ、マジマ」 マジマと呼ばれた男は、 へえ、と唇の右端だけを上げて 妙な顔をすると、とん、と ジャンプして手すりに腰をかけた。 大阪の梅田にあるこのツインタワーとやらは、 必要以上に高い建物で、見下ろすと 人が芥の様に見えてなかなか面白い。 10月の風は涼しいというよりかは薄ら寒く、きつく、 彼の黄色に染められた髪の毛をぐしゃぐしゃに揺らす。 「これじゃだめ?」 マジマは単に、着ていたグレーのパーカーの フードをすっぽりとかぶって少し「らしく」してみた。 しかしボトムはところどころが破れた ジーンズ、足元は有名スポーツメーカーの スニーカー。 「それじゃそこらへんにいる兄ちゃんだろ」 「だな」 同意すると、白い歯を見せてにっかりと笑う。 「ま、どうでもいいじゃん。どうせ人殺しなんだから」 そうして挑発するように、舌で上唇を ゆっくりとなめる。 案の定、アカシは眉をつり上げると怒りを露にした。 「殺しじゃない。『淘汰』だ」 「淘汰…ねえ…。『限りなく自然に近い淘汰』だろ? バカらしい」 マジマはふん、と嫌悪を表して鼻を鳴らした。 「人間が増え過ぎて生態系のバランスが悪くなるのを抑えるために、 『淘汰』と称して『適正な手段をもって』選ばれた人間を消すのが俺たちのオシゴト。でも、このリスト。お前だって おかしいと思わない?」 そう言って、マジマはパーカーのポケットから4つに折りたたんだ A4の紙を取り出した。 そこには『淘汰』されるべき人間の氏名と生年月日と住所。そして写真が印刷されている。 「ほーら。全員、美男美女」 「…」 アカシはむっつりと黙って、その紙を見つめた。いや 正確には写真をじつと見つめた。 本当はだいぶ前からそれには気づいていた。 アカシのように、その人間の個性に 全く興味を示さず、ただ「仕事」として リストアップされた人間を抹殺してきた死神でさえも、 おかしいとは気づいていた。 確かに、リストされる人間のその容姿は明らかに「美しい」 と表現するに値していた。 「もっと言えば、若くて美形の男女。それしかいない」 そうしてマジマはにやりと笑うと、 2時間ドラマの探偵がやるように、 顔の前で人差し指を立てた。 「まず間違いない事実が1つ。ボスが代わった」 2ヶ月ほど前までは、確かにリストアップされる 人間は、容姿、年齢、ともに多種に渡っており、 そこに規則性を見出すことはできなかった。 それがこんなにも分かりやすく変わってしまったのは、 リストを作る人間ーつまり自分たちのボスーが 交代したとしか思えない。 「そして問題なのが、そのボスは『若くて 美しい男女が好き』なのか、『若くて美しい 男女が嫌い』なのか、だな」 好きだから、選んでしまうのか。 それとも嫌いだから、排除しようと選んでしまうのか。 なんにせよ、自分の趣向や好みだけで人間の生命を好き勝手に 左右しようとしている。 「どっちでもいいことだ」 しかし黙っていたアカシは、ぼそりとつぶやいた。 「どんな理由だろうが関係ない。 ボスが選んだ人間を消す、それが俺たちの仕事だろう」 「上司に従順なイエスマン。優秀だねぇ」 「不満があるなら死神やめろ」 アカシは背中にかかげていた大きなカマを、 マジマの方に向けて、こごしい言葉を吐いた。 マジマは目をすがめて、笑いながらそのカマの刃先をにらむ。 「俺は人を消すことに疑問はない、が、 理不尽な理由によって消されることがおかしいって 思ってんだよ」 「人が死ぬのに理不尽もクソもあるか」 アカシはそう言い放つと、カマを思いっきりふりおろした。 鈍い音がして、コンクリートの地面に亀裂を 走らせ深くめり込む。マジマはしかし微動 だにせず突っ立っていた。 「俺、もう死んでんだけど」 「威嚇しただけだ」 ふう、とため息をつくと、めりこんだカマを片手で引き抜き、 また布で綺麗に拭き始める。 このカマが人を殺めた事は一度もない。 死神が人を消す時には、いまどきそんな 古臭い方法なんて使わないからだ。 ちょっと指先でそいつの体に触れてやればいい。 それだけで死においやることができる。 格好だってこんな『いかにも』 な服装をしなくてもいい事も知っている。 しかしアカシはこのスタイルにこだわった。 あくまでも内面外面、ともに死神で いなければならないと思っていた。 そうでないと。 「いいか、人間は死んだ瞬間、ただの物質になる。 そこには個性なんてない。そいつが 生前、若かろうが老いていようが、 美しかろうが醜かろうが、なんら関係ない」 「冷たい奴」 マジマはそう言うと、 初めて顔にはりついていた 皮肉った笑いを取り崩し、 暗い表情で亀裂の入ったコンクリート床を見つめた。 強い風がふいて、かぶっていたフードが 脱げる。 まるで死神である事を否定したいかのような、 らしくない黄色い髪の毛がゆらゆらと揺れる。 「死神に、冷たくない奴なんていると思うか?」 アカシは言い放つと 芥の様な人でごったがえす町並みを見つめた。 その個々人に対しなんらの感情をもったことはない、 いや、もたない事にしている。 自分は冷徹で残酷で、そして冷静な「完全なる死神」だ。 そう思い込むことにしている。そうでないと、 目の前のマジマのようにジレンマに 追い込まれて苦しむことになる。 死んでから、死神になってからも 苦しむだなんてまっぴらだ。 「行くぞ」 アカシは大きなカマを背中に掲げると、 呆然と立ち尽くすマジマの肩を叩いた。 (明日もお前はここに来るだろうか?) こいつにはもう、死神は無理なのかもな、と思った。 人間が淘汰されるのと同様、実は死神もあらゆる方法をもって淘汰されている。 いちはやくそのカラクリに気づき対応すること、 それが死神として生き延びるすべなのだと、 今日気づかない限りは。 BACK |