考える葦





高浦は重苦しい銃口を青年のこめかみに押し当てると、 のどを鳴らして低く笑った。

「一丁前にびびっちゃって、しようもないね」

憎悪とも軽蔑ともつかない口調でそう 言うと、唇の右端を上げて皮肉った表情をする。

青年は小刻みに震えながら、哀願するように高浦を 見上げた。その哀願が「生かしてくれ」ではなく 「殺さないで欲しい」という意味合いである事を 高浦はもちろん分かっているので、 反吐が出るような思いに駆られるのを誤魔化す様に、 トリガーを握る指に少し力をこめた。

「俺、バカじゃないからさあ。そこら辺の 奴とは違うんだよね。『誰でも良かった』ってなに? ほんとわけわかんないね。しようもない。理由もなく 行動するってなにそれ?お前ら動物かってんの。 せっかく理性ってやつがあるのにさあ…人間様には。 それを使えないって、ほんとバカだね。誰でも良かった ってんなら、自分やっちゃえば良かったんじゃないの、 って話。それなら誰にも迷惑かけないのにねえ…しかも 世の中に不要なものがなくなるんだから、 メリットばっかり。めでたしめでたし。なあ、 そう思わない?」

しかし青年は真っ青を通り越し真っ白な顔で、 ただ高浦を見つめていた、いや、見つめていたというよりは、 眼球を微塵も動かせないほどに、恐怖していた。

しかし高浦としても、勿論、答えなんて期待していない。 だいたい、この状況で言葉が出せるような 精神の強い人間ならば、 高浦はターゲットなんかにはしてない。 どうせこんな状況に陥ると、ただただ震えて失禁して、 許しをこうような、小賢しい仔犬のような… そんな人間だから標的にしたのだ、消してしまって かまわない、むしろ消すことが己に託されているのだと、 高浦は合点していた。

「お前から見れば、俺は悪魔かも知れない。でも、 俺は実質的には天使だと思うよ」

まるで陶酔するようにそう言うと、トリガーを ぎしぎしときしませて少しずつ引く。

なぜなら、この世から不要であり害悪であるものを 誰からも頼まれずーつまり清掃のボランティアのごとくー 消そうとしているのだ。まったく、 これが神や天使の所業でなくて、一体誰の所業だと いうのだろうか。



暗い倉庫の中で、耳を劈くような 大きな音が聞こえる。1度、2度、3度… 1度目で完全にし止めている事は分かっているが、 高浦は何度もトリガーを引いた。充填した 弾がなくなり、そこでようやく動きを止める。



そうして次に聞こえてきたのはサイレンの音だった。 さてと、パトカーが先なのか、 いや、救急車が先なのだろうかーこの、病院から抜け出してきた自分を 保護するために?



高浦は知っていた。自分には理性はあるが、しかし その理性は完全に壊れていた。理性がないのは 動物だが、理性があるのは人間だ。 では理性があっても、壊れているのはいったいなんだ? それは法律では裁かれないという特権を持った、 ある種の「選ばれた人間」なのだ。 選ばれた人間は「理性のある人間」も「理性のない人間」も できないことをしなければならない。それは、 理性のない人間を正当な理由で処分することだ。

高浦はそう、思っていた。





BACK