有限会社・シニタガリ
「と、いうような訳で、僕は 本当に生きているのが辛くて 辛くてたまらないので、だから、 死にたいんです。でも、 死ねる勇気がないんです。怖いからです。 痛いのは怖いじゃないですか。そうだ、僕は死ぬのは怖い。つまり、 生きたくないのに、 死ねる勇気もなくて、それが とても辛いんです。だから、」 「はいはい。わかったわかった」 これ以上黙っていると、 恐らくこの男は一生同じ言葉を 繰り返す。 篠原明治は嫌気が差して 男の言葉を適当にあしらった。 仮にも客商売の身であるが、 客に対してへこへことしてサービス精神を 見せるなんて考えは毛頭ない。 なぜなら、この客は、 将来自分の手によって命を絶たれるのだから、 顔を合わせるのは今回と、 そしてあと1回だけだ。篠原が、 彼の存在を消す、その、あと1回 に限られるからだ。 「で、どのような消し方をお望みで?」 篠原は安っぽいパイプ椅子をぎしぎしきしませ 貧乏ゆすりをし、ボールペンを指先でぐるりと 器用に回した。学生の頃からの クセでいまだに治らない。 あの時は、まさか将来自分がこんな 職業…いや、職業と呼んでいいかもわからない… に就くだなんて思ってもみなかった。 [有限会社・シニタガリ] 社長は篠原明治、社員はいない。 会社は古びた雑居ビルの最上階。 コンクリート打ちっぱなしで、 部屋は6畳ほど。パイプ椅子が二脚と、 さびた机がひとつ、それが備品の全てだ。 会社名の意味は二つある。 そのまんまで「死にたい死にたいと思う」という意味の 「死にたがり」。もうひとつは 「死にたいと思っている奴を狩ってやろう」という 意味での、「死にた狩り」。 我ながらしょうもないセンスだと 篠原は自虐的に思っている。 業務はもちろん、死にたがりさんが死ねるようお手伝いをすること。 「なるべく、痛くなくって、それで、綺麗に 死にたいです」 「へぇ〜」 内心反吐が出る思いに駆られ、 篠原は嫌味ったらしく唇を曲げた。 男の歳は25,6ぐらいだろうか? 恐らく私立のおぼっちゃん大学にでも 入って、のんびり暮らしていたところ、 会社に就職するや否や厳しい社会戦争に 飲み込まれ、そしてついていけずに置き去りにされ、 人生が嫌になってしまった…。 と、これはもちろん篠原の勝手な 想像ではあるが、男の、品が良いものの弱弱しそうな 容姿から、だいたいがこんなとこだろうと 見当がつけられる。 「痛くない方法ねえ…高いとこから 突き落としてあげよっか? 大丈夫、地面に叩きつけられる前に 気絶するから痛みはないよ」 「…でも、綺麗な死に方じゃないです」 「じゃあアレだなあ…北極か どっかで凍死。遺体は 氷付けにされて綺麗なもんよ」 「でも、そんな場所じゃ誰も見つけてくれないです」 「あんたなあ…」 篠原はふう、とため息をついた。 これではまたいつものパターンだ。 どうして毎回毎回こうなるのか。 いったい誰が悪いのか。客か?それとも? 「あんたね、ほんとに死にたいわけ?」 「……わかりません」 ほら見ろ。そら見ろ。 篠原は小さく舌打ちした。 そうだ、こいつもそうなんだ。 こいつだけじゃあない、今までのやつもそうだったんだ。 絶対に、このパターンに陥るのだ。 本当の本気で死にたいと思っているなら、 方法なんて考えやしない。 痛くないようにだとか、綺麗にだとか、 誰かに見つけてもらえるようにだとか… そんな事細かい注文をつけるのは、 心の底から死にたいだなんて思っていない ことの表れだ。だいたい、本当に そう思ってるなら、こんなうさんくさい会社の うさんくさい社員に頼むわけがない。 自分でやるのが確実なのだから。 「…僕、分からなくなりました… 僕、本当に死にたいのかなあ?どうなんでしょう? 教えてくださ…」 「知らねーよ、ハゲッ!」 篠原はとうとうブチ切れて椅子からがたんと 立ち上がった。瞬間、男はおびえた様に肩を ちぢ込ませる。 (あーあーこいつもダメだダメだ) 死ぬ覚悟ができている人間が、 どうして目の前のよく知らない男が怒った ぐらいでおびえるのだろう。 死という究極の恐怖を覚悟してここにきたのではないの だろうか。ないのだろう。 「死にたくないなら、とっとと立ち去れよ!」 篠原はそうはき捨てると、 持っていたボールペンを乱暴に机の上へ放り投げた。 男は急いでガタンと立ち上がると、そわそわと かばんを持って出口へと向かう。 「あのう…」 そうして、窓から外の汚い町並みを眺めている 篠原に声をかける。 「ありがとうございました」 ペコリと一礼をすると、 さびついた音を立てるドアを開け、 狭い部屋から立ち去った。 がちゃんとドアの閉まる音を聞き、 篠原は歯軋りをした。 有限会社シニタガリ。 今まで客から代金をもらったことは ただの一度もない。 なぜなら、誰もが死にたいと言って やってくるくせに、 結局死を選ばずに帰っていくのだ。 これではほんとうに、商売上がったりというやつだ。 「さて、出かけるか」 篠原は時計を見てつぶやくと、ドアに向かって 歩んだ。7時から明日の5時までコンビニの バイトだ。この会社の経営資金と、 生活費が必要だから仕方がない。 (ここはお悩み相談室じゃないぞ) ドアの外から中を見渡し、篠原はそう 思った。いったいいつ、この会社は 黒字を出せるのだろうか?一生赤字のような 気がして、もう一度、大きなため息をはいた。 BACK |