天才はそして絶望する





しかし俺には「天才」になる資質などはないのです。

と、高橋は嘆くように言うと 頭を抱えて机に突っ伏した。
木製の雑な作りのそれはぎしぎしと 軋んだ音を上げて揺れる。

昔、かの発明王ーそれは 紛れもなく「天才」の骨頂である人物ー の、エジソンはこう言いました。
「天才とは1%の閃きと99%の努力である」と。
それで俺は思いました、努力さえすれば、 例え閃きが(それは恐らく生まれつきの 資質ということであろう)少なくとも、 彼のような天才になれるのだ、と。



しかし。しかし。



高橋は額を机にこすりつけるとうめいた。 まるでヒキガエルがのどに何かをつまらせたような声で、何度もうめく。

彼は、そういう意味で言ったのでは なかったのです!
そう、凡人が 容易に理解できるようなことを、 彼が言うわけがなかったのです。
彼はこう言いたかったのです。
「 1%のひらめきがなければ99%の努力は無駄である」とー。

俺はそれに気づいたとき、ぎょっとしました。 冷や水をかけられたような感覚に陥って、 全身の血が足元からだらだらたと流れ出して、 地面に染み込んでいくような、そんな絶望を 感じました。猛烈な衝撃を受けたのです。
なぜなら俺はその言葉を信じて、今まで 生きていたからです。努力をすれば天才になれるのだと、ただただそれをそれだけを信じて努力してきたからなんです。それはもう、努力だなんて簡単な言葉で表現できるような レヴェルではありませんでした。
ほんとうに、まさに、血がにじむようなー まさに、気が狂うほどー俺はたくさんの 努力を、したのです。

そして、はたして、先ほどの 恐ろしい事実に気づきー絶望したのです。

高橋はゆっくりと頭を上げた。そうして、 柔和な顔つきでこちらを見つめている女を、 ぎらりとねめつけた。

「俺は時間を無駄にしたのです」

まるで裁判官が被告人に罪状を下すような、ゆっくりと、しかし厳かな響きで、高橋は言い聞かせるように言った。

俺は時間を無駄にしました。
とてもとても永い時間を、 無駄にしたんです。
俺はもともと 天才になんてなれなかった。 それなのに間違った信念でもって、 それこそ間違った努力を続けてしまいました。
とんだお笑い種でしょう。そんな俺を莫迦だとまぬけだと、軽蔑して下さってもかまいません。本当に、俺は、頭が悪いのです。

そう言って、高橋はとうとう泣き出した。
目の前の女は、少し困ったように眉根を寄せると、高橋に近づいて、彼の頭を優しくなでた。

「先生、軽蔑だなんてしないわよ」

高橋の目元を、かわいらしいレースのはんかちでぬぐいながら言う。

「だって、あなたはまだ幼稚園児なんだもの」





BACK